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福岡高等裁判所 昭和43年(う)815号 判決 1969年4月21日

被告人 佐藤広 外三名

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人羽田野忠文提出の各控訴趣意書記載(但し事実誤認の論旨を除く)のとおりであるから、これをここに引用する。

同控訴趣意第一点について

所論は要するに、原判決は(一)、被告人佐藤に対し、原判示第一の(2)の事実につき公職賄賂投票(旧刑法二三四条)と土地改良法違反(同法一四〇条一項)の判決をなしているが、その起訴状(第五の五)は罪名及び罰条として、土地改良法違反、同法一四〇条一項を掲げるのみで、右公選賄賂投票については審判の請求をなさず、(二)被告人岡松に対し、原判示第三の(一)の(1)、(2)及び同(二)の各事実につき、いずれも公選賄賂投票(旧刑法二三四条)と土地改良法(前者につき同法一四一条一項、後者につき同法一四〇条一項)違反として判決をなしているが、その起訴状は第三の一の(1)、(2)につき公職賄賂投票、旧刑法二三四条を、第八の七につき土地改良法違反、同法一四〇条一項をそれぞれ罪名、罰条として掲げるのみで、前者に関し右土地改良法違反の点、後者に関し右公選賄賂投票の点については、いずれも審判の請求をなさず、(三)、被告人森永に対し、原判示第八の(二)の(4)ないし(8)及び同(三)の(3)の各事実につき、公選賄賂投票(旧刑法二三四条)と土地改良法(同法一四一条一項)違反として判決をなしているが、その起訴状(第九の三の3ないし7及び第九の二の3)は土地改良法違反、同法一四一条一項を罪名、罰条として掲げるのみで、右公選賄賂投票については審判の請求をしていない。したがつて、原判決は審判の請求を受けない事件について判決をなした違法が存するというにある。

しかし、記録を検討するに、所論指摘の起訴状の各訴因に関し、「職務に関し賄賂を収受して投票し、又は職務に関し賄賂を供与して投票をなさしめた事実」をそれぞれ掲げ、公選賄賂投票罪及び土地改良法違反罪を各構成する事実をそれぞれ起訴しているのみならず、罪名及び罰条としても、原判決の認定に各相応する罪名と罰条を掲げていることが認められる。すなわち、右起訴状は前記の如き訴因のほか、次に上欄の事実の標目に対応して、下欄に公選賄賂投票罪及び土地改良法違反罪の罪名と罰条を併列して記載されているが、所論はこれを読み誤つたものと推認される。したがつて、原判決には何ら所論の如き審判の請求を受けない事件に判決をした違法はないので、論旨は理由がない。

同控訴趣意第二点について

所論は、(一)、原判決は選挙に関する一般規定が完備された公職選挙法施行の昭和二五年五月一日を以て、刑法施行法二五条にいわゆる「当分の内」という条件が成就し、旧刑法第二編第四章第九節は失効したとの弁護人の主張に対して、旧刑法二三四条の規定が今なお効力を有することは昭和二四年四月六日の最高裁判所の判例に徴し明かというのみであつて、右主張に対する判断を示していないから理由にくいちがいがある。(二)、仮にそうでないとしても、旧刑法二三四条は憲法一五条四項の選挙における投票の秘密をおかすものであつて、同法九八条により効力を有しないものであり、然らずとしても土地改良区の理事・監事の選挙は公選の投票にあたらないから、これを適用した原判決は破棄を免れないというものである。

しかし、

(一)  原判決は旧刑法二三四条が現在なお効力を維持していることを説示し、もつて弁護人の法律上の見解を否定していることは判文上明瞭であつて、かく判断を示している限り、該判断の基礎を弁護人の主張に照して逐一示す必要はない。のみならず、弁護人の右主張は刑事訴訟法三三五条二項の事実の主張にはあたらず、これに対する判断を示さなくても、同法三七八条四号にいう理由のくいちがい又は理由不備を生じるものとは解されない。なお、所論指摘の公職選挙法の施行によつて、これが適用又は準用のない公選投票における賄賂投票に対し、その違法性に否定的な影響を及ぼす実質的な理由はなく、形式的にも旧刑法の右規定を廃止する趣旨の法令は設けられていないこと(昭和二五年法律第一〇一号公職選挙法の施行及びこれに伴う関係法令の整備に関する法律参照)に徴すれば、旧刑法二三四条は公職選挙法施行後においても、右公選法の適用又は準用される場合を除き、刑罰法規としての効力を失つたものとは解されないので、法令により公職に従事する者の選挙につき、これを適用することは正当というべきである。

(二)(1)  憲法一五条三、四項は、公務員の選挙につき成年者による普通選挙を保障するものであつて、右にいう選挙が当然にすべての選挙を含むものとは解されない。たとえば、本件の如き土地改良区の総代による役員(理事、監事)の選挙などは右の趣旨に照し、同条四項の選挙には含まれないものというべきである。のみならず、旧刑法二三四条の適用においては賄賂の授受及び投票の事実を明かにすれば足り、必ずしも何人が何人に投票したかを明かにしなければならないものではないから、憲法の右条規に反するものではない。したがつて、旧刑法二三四条が憲法九八条により効力を否定さるべき法律とは解されない。

(2) また、土地改良区を公法人たる公共組合とし、その理事、監事及び総代を公共的業務に従事する者とみた原判決の解釈は相当であり、役員選任につき同法一八条、総代の選出につき同法二三条及び同法施行令四条ないし三二条によつて選挙ないし投票の方法が定められていることに徴すれば、土地改良区の理事監事及び総代の選挙は、旧刑法にいわゆる公選にあたり、その投票は右公選の投票と解するのが相当である。

そうしてみれば、原判決には所論の如き理由のくいちがい又は法令の適用を誤つた違法は認められないので、論旨は理由がない。

同控訴趣意第三点について

所論は、単に量刑不当というのみで記録及び原審取調べの証拠に現われ、量刑不当と信じせしむるに足る事実を援用しているとは認め難いが、記録を精査しても、被告人らの年齢、経歴、本件犯罪の態様、その他の情状に照し、原判決の被告人らに対する科刑は相当と認められ、これを不当とすべき事由を発見することができない。論旨は理由がない。

そこで、刑事訴訟法三九六条に則り本件各控訴をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 塚本冨士男 平田勝雅 高井清次)

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